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各論

B-0 はじめに

乳癌は体のいろいろな臓器に転移を起こす。これは初回乳癌診断時にすでに乳房外に転移の「芽」が発生しているためと考えられている。ゆえに乳房手術のみでは治癒に至らず、「全身病に対する全身的治療」が不可欠である。一方、転移臓器により、症状(苦痛)を起こしやすい場合とそうでない場合の両者があり、また生命に影響し易い部位とそうでない部位がある。再発(転移)が最初に起こった時期、―これは複数臓器に同時に起きる場合もしばしばであるが―通常、肝・脳などの重要臓器の転移が含まれれば「予後不良」の宣告をうけてしまう場合が多いと考えられるが、果たして正しいか?他の転移病巣治療中に肝・脳・胸水等が診断され、治療薬・体力の限界が早期にきてしまうことはしばしば経験される。これらを「続発再発」と呼び、先述の「初発再発」と区別が必要である。「各論」では各臓器の「初発再発」からの現代の生存期間を述べる。肝転移・癌性胸水等予後不良といわれてきた再発巣があっても、他の(骨転移等の)部位と比較して著明に予後が悪い転移巣は存在しないことが示される。

ハーセプチン等の新薬による治療の進歩、胸水・肝転移に対する免疫療法 ( OK-AIT)、等の貢献もあろうが、いわゆる予後不良部位に転移があっても末期扱いせず希望をもって治療を開始することが肝要であろう。全身病である乳癌再発(転移)は一方で局所・領域転移の集合体との側面も持つ。そのため、胸壁再発に対する切除・照射治療や胸水に対する免疫療法などの局所療法がQOLのみならず生存(延命)にまで好影響を及ぼしうる。この「各論」にて各転移部位ごとの臨床上の特徴・対策について述べる。

B-1 局所・領域再発

乳癌はかつてはほぼ全例に乳房切除手術が行われてきたが近年は事情が許せば乳房温存術式が採用され、放射線治療・薬物療法の併用にて、「転移がありうる部位は徹底的に切除する」旧式の外科医の思想は排除されつつある。旧来乳房切除の手術野に生じた再発を「局所再発」、術野に隣接した腋下・鎖骨上・胸骨傍に生じた再発を「領域(リンパ節)再発」とよばれてきたが、手術反対側の脇下・鎖骨上リンパ節・対側乳房への転移は「遠隔転移」となる。乳房温存術後の温存乳房内の再発も「局所再発」であり、乳房切除後の胸壁に見られる再発とは区別される。局所再発の治療の基本は局所治療であり、外科的切除または放射線治療の対象とされる場合も多く、特に初回手術後の「取り残し」と考えられる再発―例えば温存乳房内再発や大胸筋内再発等は外科切除にて予後良好である。術後の治療・経過観察での受診の際、必ず着衣をとり、術野・領域リンパ節・対側乳房の触診を慎重に行うべきであり、そうすれば胸壁再発も局所麻酔下で摘出可能な小腫瘍のレベルで診断できる。無論、小腫瘍であっても全身的遠隔再発を合併している場合があり、摘出腫瘍の癌病巣が主として皮内にある場合の大部分、主として皮下にある場合の約半数、が遠隔転移を合併している。一方、癌病巣が主として温存胸筋内にある場合は摘出後の予後は良好である。(菅ら、論文発表すみ)領域リンパ節再発の場合、照射治療等にて予後良好な胸骨傍リンパ節再発に比し、頻度の多い鎖骨上リンパ節再発の予後は若干劣っている(三瀬圭一博士ら、論文発表有)。

まとめて局所・領域再発の治療方針を述べると、上記の予後良好の転移には切除・放射線治療による局所療法の適応があるが、鎖骨上リンパ節のように縦郭リンパ節・傍大動脈リンパ節と連続する再発巣には注意深く全身的薬物療法を併用すべきである。皮内の広範囲に複数の結節を伴い拡大する局所再発はリンパ管に浸潤して進行する予後不良の病型であるため、遠隔転移が無くとも局所療法の範囲・選択にし、適切な全身治療を併用すべきである。

B-2 骨転移

骨は乳癌で最も頻度の高い遠隔転移の部位で、初再発(転移)部位に骨が含まれる場合の 50% 生存期間は 52ヶ月である。(B-0 参照)この数字はリンパ節・肝その他の部位に同時再発した場合が含まれ、最初の転移が骨のみの場合、より予後良好と予想されるが、菅の経験例では53ヶ月で不変であった。ただし、自験例でも骨単独転移例に予後良好の例があり、10年生存率は24%である。骨転移はホルモン受容体陽性例に多く、(自験例にて骨単独初発例中 85% が陽性)ホルモン療法によく反応する例が予後良好群となると思われる。

【診断】問診上、変型・炎症・外傷・加齢・ホルモン環境(アロマターゼ阻害剤使用等)による疼痛との鑑別が必要。疼痛の部位が骨転移多発部位か否か、朝の運動開始時中心の関節痛か否か(後者はホルモン環境によることが多い)を注意、転移多発部位の殴打痛も注意。突然の下半身の麻痺又は麻痺切迫は至急の対応が必要。画像診断はレ線検査の他にMRI、骨シンチ、PET、CT 等がある。いずれも単独の画像では偽陽性・偽陰性があるため処置の緊急性に応じて検査を進める。

【治療】下半身麻痺(対マヒ)に限り、即手術が必要で、普段からこの分野の処置可能な脊椎外科専門医(整形外科又は脳外科医)にルートをつけておく必要がある。他に四肢・股関節の病的骨折も放置すれば重大な障害が残る場合があり、整形外科的な手術又は固定術が必要。いずれの場合も術後すみやかに放射線治療や全身的な薬物療法に戻れるように手配を要する。手術と同じく局所治療である放射線治療は、疼痛の緩和目的にはきわめて有用である。さまざまな照射法があるが、原則として同一部位の2回以上の照射は避けられる。その意味では疼痛の原因部位に限定した照射を行うべきで、単に転移があるからと目標をむやみに多部位の照射に拡大すべきでない。「骨折の予防」を照射の目標とする放射線医もいるが、この点は明らかなエビデンスは無い。骨転移に限定した全身的効果をもたらす照射としてストロンチウム89によるラジオアイソトープ (RI) 治療がある。この治療は除痛に有用であり、繰り返し治療も可能であるが、実施後約3 ヶ月は化学療法は行えず、休薬期間中に縮小中の肝転移が憎悪する等の例もあり、疼痛緩和目的以外には適応が限定される。全身的薬物療法の第一選択がホルモン剤である。特に無症状の骨転移にはホルモン剤単独で使用されることが多いが、通常タモキシフェンが再発予防に既に用いられている場合が多く、より強い作用を期待してアロマターゼ阻害剤が用いられる場合が多い。後者は骨塩量を低下させる作用があり、骨塩量をモニターしつつの使用が必要であろう。同じ程度に重要な薬剤がアレディア・ゾメタ等のビスホン酸であり、転移による溶骨を阻止し、疼痛を減じ、病的骨折を予防する。問題点は骨転移の予後は長く、特にゾメタが2 年以上の使用で顎骨骨髄炎を起こす可能性があるため、使用薬剤・期間・タイミングに要注意であろう。無論ホルモン受容体陰性例も骨転移を起こすことがあり、疼痛があり、照射治療の適応も無い場合、化学療法とビスホン酸を長期的に用いる必要がある。HER2 陽性例はハーセプチンやラパチニブが当然併用される。これらの治療でも「痛み」が残る場合も多い。オピオイドをはじめとした疼痛緩和のための薬物療法の方法はホスピス医に任さず、癌治療医自身が習得すべきものである。                                                    最近、使用頻度が増してきた薬剤がランマーク皮下注であり、骨転移に対する高カルシウム血症による治療効果は最も高い。ランマーク、ゾメタ、アレディアのいずれも月1回用いる使用法が基本ではあるが、ホルモン剤などの他療法の効果で疼痛や溶骨が軽快した段階では投与間隔を3ケ月等と長くする方法がある。むやみに毎月投与続行すると「下顎骨髄炎」や「非定型性骨折(骨の弾力性が弱まるためにおこる骨折、大腿骨に多い)」に至る可能性がある。

B-2 骨転移

B-3 肺転移

肺・胸膜転移は過去、同列に(併せて)扱われ、併せると確かに遠隔転移として骨転移に次ぐ頻度である。ただし、肺転移が明らかな血行性転移であるに比し、胸膜転移はリンパ行性転移等の経路が考えられ、特に癌性胸水に局所(胸腔内)免疫療法を行う我が施設では両者の対策が全く異なるため、ここでは胸水を独立項目(B-4)とした。肺転移の初再発診断後の50%生存期間は47ヶ月である。この数字には骨・肝・胸膜等他部位と同時再発した場合も含まれ、治療の原則は内分泌・化学療法である。胸部レ線あるいはCTにて診断は比較的容易であるが、無症状で、かつ数が限局している場合に手術あるいは照射等の局所治療の適応が考慮されることがある。体力的に問題が無い場合、鏡腔鏡下の肺部分切除が行われ、原発性肺癌との鑑別や、HER2、ホルモン受容体の乳房手術時との変化の有無が検索される。総論A-7 で述べたとおり、胸腔鏡を用いての肺部分切除はすでにきわめて安全な手術手技となっており、化学療法を行うにしても、可能例での手術の併施は長期生存の機会を得るための重要な手段と考える。

無論、同時多数の転移や他部位転移の合併等で切除の対象とされない場合も落胆する必要は無い。2000年以後の自験肺転移例中、転移後10年以上生存は5名あり、うち2名が肺切除後であった。肺転移は進行・多発化すれば呼吸困難を引き起こすと考えられるが、治療により消失・瘢痕化することも多く、肺転移増大にて直接呼吸困難に至る頻度は予想ほど多くはない。転移が増大して気管支を閉塞させ、「無気肺」がおこったり、癌性胸水や癌性リンパ管症を合併すると、咳きや呼吸困難に悩まされることとなる。

「癌性リンパ管症」は肺転移の一型であり、症状は強く強力な治療を必要とするが、肺転移がリンパ管沿いに広がったというより、他の原因、例えば肺門リンパ節転移の進行や、癌性胸水のドレナージ(胸膜癒着術)の後遺症としてしばしばみられる。同時両側の癌性胸水と合併して発症する場合がしばしばあり、化学療法・養子免疫療法(OK-AIT) いずれか単独では治療は困難で、通常、有効な化学療法と、胸水免疫療法、胸水消失後は静脈注射による免疫療法(凍結保存した胸水中リンパ球を利用)の併用をしばしば行う。

B-3 肺転移

B-4 胸膜転移(癌性胸水)

乳癌転移を論ずる場合、過去は「肺・胸膜転移」とし、一括しての議論が行われてきました。ここでは「胸膜転移」として独立させ別個の転移と扱います。その理由は「肺転移」が血行性が主であるのに比し、「胸膜転移」はリンパ節・局所・肋骨等諸転移からのリンパ行性転移も多く、治療面からは「胸膜転移」による「癌性胸水」が肺転移と全く異なる「局所胸膜内治療」(多数の施設では「癒着療法」、当クリニックでは免疫療法「OK-AIT」の重要な対象となるからです。

元来、「胸膜転移」は肺を覆う胸膜全体に癌結節が飛び散った「播種」によるものですから、たとえ姑息的に「癒着療法」等にて胸水が消えても、長期の展望がたつものではありません。たとえ胸膜癒着術を行わなくても OK-AIT にて胸水中癌細胞を消失させれば胸水は消えることが OK-AIT の長期成績で実証されていますし、逆に癌細胞・癌結節の動向をかまわずに無理に胸膜癒着を先行させる「胸膜癒着術」のあとは、不規則な癒着により他の治療が困難となり、高率の「癌性リンパ管症」は治療困難で苦痛の強い肺転移の一型となります。OK-AIT による強力な胸腔内治療と、続いての充分な全身治療が、癌性胸水制御には共に必要です。

我々がOK-AIT を開発した1983 年以後現在(2011/08)まで癌性胸水後長期(5年以上)生存した患者さんは次表のとおりです。

長期生存 25 例 (癌性胸水診断時 37-72 才)

(1) 初再発 16 例・ 続発再発 9 例
(2) ホルモン受容体: 不明例を除き 18 例中 16 例が陽性
(3) 治療: 25 例中 21 例が OK-AIT

4例が他治療 2例がOK-432 胸腔内注入(共に後日の癌性腹水 OK-AIT 奏効)
1例が胸膜癒着術 (後日の肝転移 OK-AIT 奏効
1例がホルモン療法のみ

以上をみても広く行われている「胸膜癒着術」の長期生存がきわめて稀であることが判ります。
実際上治療が「癒着術」のみの大病院では例え予後のよい胸膜初再発例(再発・転移診断時転移部位に癌性胸水が含まれる例)でもカウンセリングと称しいわゆる「チーム医療」のメンバーが集合し、患者さんに「副作用の強い化学療法を行わない」決定をさせ、姑息的治療である「癒着術」のみを行い、ホスピス等の緩和医療を勧めるといった実例がみられます。

一方、他の転移病巣の諸治療後に癌性胸水を発症する「続発再発」の癌性胸水の頻度は多く、肝転移等で多種の化学療法を行ったあとに診断され、予後不良の例も多いのですが、局所再発の後など、前治療が軽微の例もあり、治療開始時の条件が「初発再発」にきわめて近い例が「続発再発」中 9 例の長期生存の要因となっていると考えられます。

2001年以後の治療例で初発再発時に癌性胸水のあった 43例 (肝転移等他部位転移のあった例を含む) の生存期間は 5 年生存率 38.9%、MST (50%生存期間) 4 年であり、同期間で転移初発時胸水のなかった 480 例と比較して、統計学的に生存率の差はありません。通常の全身療法や、単なる癒着療法でも類似の結果となるなら「胸水が予後不良」との認識は出ないはずで、我々の胸水例の 78% がOK-AIT を受けており、強い局所効果とその後の全身治療との併用効果の結果と考えております。

B-4 胸膜転移(癌性胸水)

B-5 肝転移

肝転移は乳癌転移のなかで、「きわめて予後不良」といわれた時代が続いてきました。しかし、ハーセプチンをはじめ各種の分子標的剤・化学療法が使用可能となった 2001 年以後、その予後は劇的に改善しました。(「肝転移の免疫療法」参照。)肝転移診断後の50%生存期間は初発転移例で 2.8 年、続発転移例で 17ヶ月と、それぞれ過去の MSTの約3倍、4倍の生存期間となっております。肝転移制御の武器は過去、肝動注 OK-AIT のみでしたが、全身治療の進歩が著明であること、乳癌のサブタイプごとに治療法が区別されうること(特にホルモン受容体陽性、HER-2 陰性のタイプがよく OK-AIT に反応することが判り、適応判断が容易になったこと)が成績改善の要因かと考えられます。20年前には「乳癌肝転移で5 年生存した5例」との演題で学会発表をしたこともありましたが、最近は初発肝転移の5 年生存率も実に 26.2% となり、その結果、肝転移診断後に 5 年以上生存した患者さんは急速に増加しつつあります。(表参照)

表・肝転移診断後長期(5年以上)生存例・・・34例の背景 (2013年1月集計)

(1) 34例中 初再発24例 続発再発10例
(2) ホルモン受容体  不明例を除き30例中24例陽性(陰性6例全例Her2陽性)
(3) 34例中28例に肝局所治療あり

内訳(重複あり)
肝動注 OK-AIT 22例
肝切除      16例
肝動注化学療法  5例
ラジオ波焼却   2例

表4 の局所治療例が多数みられる点は、必ずしも「長期生存のため、局所治療が必要」であることを意味しません。過去、広く行われた「肝動注化学療法」はわれわれの施設の場合、OK-AIT で消失が得られなかったり、再燃等の場合に追加された例がほとんどで、動注化学療法のみでの5 年生存は他施設初回治療の 1 例のみです。一方、乳癌学会のガイドラインでは肝動注化学療法は推奨グレード D (有害無益の治療)とされ、OK-AIT にも用いる動注用の器具さえ入手が困難となりつつあります。この「グレード D」の根拠とされた「延命効果が証明されず、費用がかかり、カテーテルによる合併症が多い」データは大部分が「肝転移治療の暗黒時代」2000年以前に得られたそれであり、現代での全身薬物療法による費用や 副作用と再比較の必要を感じます。困ったことには、肝切除を含む局所治療全般が同様に「グレード D」として「標準治療医」に取り扱われていることで、診断当初にいかに限局した切除可能な病巣であっても私の施設に来院される頃には腹水・黄疸等治療自体が困難化している例も増加しつつある点です。

以上、現代の肝転移治療成績が好転していることを述べましたが、再発(転移)診断時に肝転移があっても、「余命宣告」を受けることはまずなくなったとおもわれますが、それでも診断時肝転移がある・なしを比較すると統計上有意に予後の差がみられます。この差を減らす手段がOK-AIT や肝切除等の局所治療ではと考えるのですがいかが?

B-5 肝転移

B-6 脳転移

脳転移は肝転移に次いで頻度の多い乳癌遠隔転移部位とされています。脳を包む膜(脳膜=髄膜)に病変が及ぶと、「髄膜転移」であり、脳転移が血行性転移でのみ起こるのに比し、後者は頭蓋骨・脊椎転移からの波及もあり得ます。髄膜転移は脊椎からの細胞診が陽性となる時期ではきわめて予後が悪く、治療は全脳照射しかありません。 

脳転移・髄膜転移ともに化学療法剤やハーセプチンは BBB (脳血液関門)があるために原則としては静脈注射では届きにくく、頭蓋内への局所療法がきわめて重要となります。局所療法として特に重要な放射線治療には、照射部位を脳全体とする「全脳照射」と、病巣のみを標的とする「定位照射」があります。脳転移の個数がきわめて多数の場合、あるいは病変の一部が脳の髄膜に及ぶ場合、または髄膜転移の場合、「全脳照射」が選択されますが、予後不良の髄膜転移は無論のこと、転移巣多数の脳転移でも局所再発にて後日の「定位照射」の追加を要する場合も多く、「全脳照射」のみで 3 年以上制御されることは稀(私は未経験)です。もし脳転移の予後が改善し、長期生存が可能となれば、「全脳照射」による「痴呆」も問題となり、そのため通常「全脳照射」は生涯1 度限りとされます。「定位照射」は「X ナイフ」「ノヴァリス」等の方法もありますが、造影MRI をガイドに頭部を確実に固定して行う点で、「ガンマナイフ」が最も信頼性が高く、海外でガンマナイフ用の研修を受けた脳外科医が担当します。 

一般に脳転移の予後は不良と考えられていますが、実際上、治療後の脳転移の患者が意識障害等の脳の障害を原因として死亡に至る頻度は後で髄膜炎を併発した場合の他は意外に少なく、殆んどが先行した肝転移等の全身転移が死亡原因となります。そのため、初再発・転移病巣に脳が含まれる「初発脳転移」は頻度は少ないものの他の部位に転移が初発した場合と比較しても生存率に差はありません。「続発脳転移」の頻度は多く、その予後は不良(50%生存期間 12ヶ月)ですが、それをもって「脳転移がおきると助からない」と考えるのはまちがいです。脳治療後は脳外科医のフォローは無論必要ですが、乳腺担当医は全身転移の治療を更に熱心に継続する必要があります。

図;初発転移に脳を含む場合、含まない場合の転移後生存率。

図;初発転移に脳を含む場合、含まない場合の転移後生存率。

図;続発脳転移の生存曲線

図;続発脳転移の生存曲線

「髄膜転移」は先述の如くきわめて予後不良で、全脳照射も延命効果は証明されておらず、「頭痛等の症状をとる」のが目的であると考えられています。実際、照射終了後に髄液の細胞診を行うと、殆んどの場合悪性細胞が残存しています。髄腔内に抗癌剤「メソトレキセート」を注入することも試みられますが、比較試験での効果証明はされていません。「肺癌」由来の癌性髄膜炎に分子標的剤「イレッサ」「タルセバ」を投与し、悪性細胞が消え長期生存できた経験がありますが、HER-2陽性の乳癌には迷いなく「ラパチニブ(タイカーブ)」を服用すべきでしょう。これらの薬剤はいずれも「脳関門」を通過します。 

脳・髄膜転移は「頭蓋内転移」とも分類されますが、頭蓋骨の転移は除かれます。他に脳神経に障害を与える「頭蓋底転移」「脳硬膜転移」があり、照射で症状が改善することがあり、「髄膜転移」ほど予後不良ではありません。他に眼科で診断される「脈絡膜転移」も、照射の対照となります。厳密には「頭蓋内転移」ではありませんが、「脊髄内転意」もあり、これらの診断には造影MRIが有用です。何らかの神経症状があるときは「単純MRI」は通常役たちません。MRIでも説明のつかない「頭痛」「嘔気」「視覚異常」「嚥下障害」がしだいに強くなる際は思い切っての髄液検査が必要ですが、一般の乳腺専門医にはこの技術が無い場合も多く、医師の過度の専門分化の問題点のひとつです。ちなみに私のクリニックでは、髄膜炎診断に際しては外来で採取した脳脊髄液をただちに培養室の「実体顕微鏡」にて観察、異型細胞を証明しての「即日診断」を行っています。この「即日診断」は髄膜炎の「早期治療」は可能としますが、目下は明らかな予後改善につながらないことは残念です。                                             最近使用可能となり、有望な薬剤がエンハーツである(A-1参照)。元来Her2陽性例に対するミサイル療法剤として開発されたが、その脳転移例への有効性が注目されている(有効率73%)。現在はHer2陽性例にのみ認められているが、近日Her2低発現例にも使用可能となる予定。

B-7 卵巣転移

卵巣転移は、初再発部位としては比較的稀で、私の転移乳癌 500余例のなかでも初再発は4例のみです。4例の予後は死亡例で 116ヶ月、39ヶ月、生存例で98ヶ月、4ヶ月ですから、他の続発転移例を含めても決して予後不良ではありません。その要因としては、経験した卵巣転移全例(23例)が予後の比較的良好なホルモン受容体陽性例であり、ホルモン療法等によく反応したためと考えられます。「triple negative 乳癌術後、卵巣転移術後、腹水貯留、予後不良。」を宣告されて来院された患者さんの卵巣標本を借りてホルモン受容体を検査すると、やはり「陽性」で、その後のホルモン療法+腹水免疫療法に反応し、小康状態を得た例もありました。卵巣転移は腫瘍が小さいうちはあまり害を及ぼしませんが、癌性腹水・圧迫による水腎症・癌性胸水等の転移進行に関連することがあり、悪条件がなければ外科切除は悪くありません。小さい腫瘍は腹腔鏡にての手術が容易に可能ですし、閉経前の患者さんのホルモン療法上も有利です。なお、自験の卵巣転移 23 例の50%生存期間は他の転移に続発した例を含め37ヶ月、5年生存率は30%です。

B-8 腹膜転移

乳癌の腹膜転移は組織検査或いは細胞診にて確認された例は2001年以後47 例の経験があります。画像や水腎症等で「腹膜転移」が推測される例を含めると更に頻度は多くなりますがここでは正確な評価のため「病理検査」で確定診断が下された例に限定しました。最初の転移・再発として腹膜転移が診断される頻度は低く、大多数が他部位の転移に続発し、特に注目すべき先行・併発転移の代表的部位が肝および卵巣転移であります。むろん肝・卵巣のいずれにも転移の無い例や、両者ともに転移がある例もそれぞれ少数ながらみられますが、腹膜転移全例のおよそ 50%強に肝転移が関連し、およそ3分の1の例に卵巣転移が関与します。興味深いことに肝転移に続発する腹膜転移はきわめて予後不良にて、通常の医学常識どおりですが、卵巣転移後の腹膜転移が意外と有意に予後良好である点が注目されます。私どもの免疫療法 (OK-AIT) によく反応する例が多いことは事実ですが、前章に記載したとおり、卵巣転移例は予後良好のホルモン受容体陽性例であるため、本質的に進行速度が緩やかである可能性があります。(図参照-13/04集計)通常、医師は癌性腹水を診ただけで直ちに「末期宣告」をしますので、乳癌で原因不明の癌性腹水が診断された際には卵巣転移由来でないかを充分確認してもらってください。

B-8 腹膜転移
B-8 腹膜転移

B-9 その他の特殊な転移と病態

乳癌は血流・リンパ流に沿い様々な部位に転移する。上記の「各論」にて未記述ではあるが「きわめて稀」とはいえない転移部位として「心嚢膜転移(癌性心のう水)」があり、筆者の2001年以後の経験例数は18例であるが、初発転移巣として診断された経験は無い。通常他部位転移に続発し、他部位転移巣の進行が死因となるため、うまく治療できても予後には限界がある。通常はエコーガイド下にピッグテイル型のドレナージチューブを留置し、胸・腹水と同様にOK-AITを行い、心嚢液貯留は停止(再貯留0%)するが、生存期間中央値は8ヶ月にすぎない。しかし1年生存率44%、2年生存率は28%にて決して絶望的な数字ではない。ただ、単純なドレナージのみでは貯留を繰り返し、やけになっての「心膜開窓術」(心嚢に窓を開け、心嚢水を胸腔に逃がす)等の乱暴な治療では苦痛が持ち越されるだけである。
その他の稀な転移としては胃、腸管、膵臓等の消化器の転移があり、稀に切除可能の場合もあるが、通常他部位転移が先行しており、手術も姑息的な意味しかない。
他の副腎・脳下垂体・甲状腺等内分泌器官への転移も見られる。かつては両側の副腎を切除し、ステロイド補充療法を行って内分泌療法としたものだが、現在の薬物学的内分泌療法はこうした外科的療法を充分にカバーする。脳下垂体転移にしても、全身的化学療法が充分効くため、いわゆる頭蓋内転移とは区別して考えられている。

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