再発(転移)乳癌
再発(転移)乳癌の診療のコツ―私の診療法
目次
はじめに
総論 (A)
A-0 再発乳癌治療のこころがまえ**
A-1 ホルモン受容体・HER-2蛋白による病型分類と再発 (転移) 後の予後
A-2 ホルモン療法剤の種類と使い分け
A-3 化学療法剤の種類と使い分け
A-4 分子標的剤の種類と使い分け
A-5 その他の薬物療法
A-6 腫瘍マーカーの読み方
A-7 外科治療の使いどき
A-8 放射線療法の使いどき (以下準備中)
A-9 免疫療法の使いどき
A-10 緩和医療
各論 (B)
B-0 はじめに
B-1 局所・領域再発
B-2 骨転移
B-3 肺転移
B-4 胸膜転移
B-5 肝転移
B-6 卵巣転移
B-7 腹膜転移
B-8 脳転移
B-9 その他の特殊な転移と病態 (癌性心嚢水・水腎症)
はじめに
私が医師を志したきっかけは、胃癌による胃穿孔にて死亡した祖母であった。当時の私の故郷は無医村であり、腹痛を訴える祖母に隣町の開業医は「梅酢」を飲むようすすめた。(信じて梅酢を飲んだ祖母の腹痛は当然増強し、大病院で手術を受けた)外科を志望したきっかけは生母の「中耳癌」であった。医学部の5年の時に「慢性中耳炎・真珠腫」として手術をうけた病は翌年再発し、研修医 1 年目に大学病院耳鼻科で死亡した。毎夜付き添いをしていた私に母が告げるのは「ソセゴン 1 日3 回以内」との主治医指示に忠実な看護婦でなく、状況をみて余分に鎮痛処置をしてくれる看護婦・当直医への謝意であった。私は迷うことなく「癌」を治療する機会の最も多い「外科」への進路を選択していた。
いまや医学は進歩し、癌患者への鎮痛剤投与を一日何回までとか制限する時代でなくなっているが、「標準治療」の名のもとに「再発後数レジメンが無効なら緩和医療」を学会等で公然と主張する若い「腫瘍内科医」が増えており、彼らこそソセゴンを制限した主治医と同じ土俵に立つ者ではと感じられる。
私が外科医生活の期間、研究生活を含め、最も長い期間、師匠として学んだ(でいる)医師は乳腺クリニック児玉外科児玉宏理事長である。先生はいうまでもなく日本で最初に乳癌専門の診療所を開設し、自ら執刀した乳癌症例数最多のパイオニアである。クリニックの病床数に限りがあり再発した乳癌患者の治療場所に困っている先生に、「再発患者は自分が勤務する病院で診療する」ことを約束し京大・洛陽病院・比叡病院の病床にて治療を担当して実に25 年以上を経る。初期には癌性胸水・肝転移に対する免疫療法を開始し、限られた患者さんには有用であったが、タキソール・タキソテール・イリノテカンなどの抗がん剤の進歩に続き2001年ハーセプチンが利用可能となり始めて多数の患者さんの再発後の治療による延命効果が明らかとなってきた。
「標準的治療」の概念はあらゆる治療医がそれに従えばある程度の再発癌の治療を可能とするものであり、実は医師でなくコンピュータでも同じ方針を示すことができるものであるが、患者さん個々の特質・状況に応じた対応の変化を行う能力に乏しく、「標準的治療」をはずれた多くの「癌難民」を生み出すに至っている。私が現在クリニックで行う再発乳癌治療の方法を、ホームぺージを利用した「ネット論文」に記し、折にふれ時代の進歩に応じ改定してゆくことは、治療に行き詰まった患者さんのみならず、同じ世界を目指す臨床医にもある程度参考になることと信ずる。
総論
A-0 再発乳癌治療における(医師と患者の)心構え
乳癌が再発(転移)すれば「治癒」はあり得ない。治療は単に「延命」あるいは「苦痛緩和」のため、とする思想が過去にあり、現代でも初診時に患者にまずそれを宣告する医師もある。しかし、たとえ癌が治癒しても人間の生命は有限であり、要は死ぬまで癌の苦痛を避けることができれば、治療の意義はあったというべきである。抗癌治療がすべて脱毛・嘔気等の苦痛を伴うものではなく、現代は病期にあった選択肢もふえつつある。わずかの延命が新薬発売に間に合うこともある。そのためには「あきらめない」ことが最も重要であり、患者より先に医師が「あきらめる」ことはきわめて不幸である。
乳癌患者の「つよみ」は延命への希望を持ちやすいことであり、子・孫の「入学・結婚」等をはじめ「希望」は治療への強い動機となりうる。逆に人生につらいことが多く、このうえ抗癌剤の苦痛に耐えるより、なにもせず安楽に美しいまま死にたいと願う人もあるかもしれない。しかしドラマでみるような都合の良い最期は癌が暴れた際にはごくまれとなる。
医師・スタッフにとってこの領域の仕事は当然ストレスも大きい。しかし治療が奏効し前回と全く異なる笑顔で外来にみえた患者さんに「頑張ってもらって有難う」と礼をいいたくなるときこそ、治療者の最高の「癒し」である。
我がクリニックはたとえ長期の治療歴があっても、転移による症状がつよくても、患者さんに治療意欲・体力さえあれば治療を引き受けている。2000年以後の全例の再発(転移)乳癌の再発後の生存期間を以下に図示する。図に赤い曲線で示した「全期」133例のそれは再発初期から私に治療をさせて頂いた患者さんの生存曲線である。全例 487例の50%生存期間も5年にせまり、5年後の癌治療の進歩を期待しつつ現在の治療を実施している。

A-1 ホルモン受容体・HER-2蛋白による病型分類と再発 (転移) 後の予後
分子標的剤「ハーセプチン」の登場はそれまで予後不良といわれた HER-2陽性乳癌の予後を劇的に改善し、癌組織のHER-2蛋白の免疫染色も保険適応となった。それまでは乳癌の病型分類といえばホルモン受容体陽性・陰性のみであり、単にホルモン療法が効くとの理由からのみで無くホルモン受容体陽性例が再発後の予後も良好であったのであるが、2001年以後はHER- 2陽性・陰性の分類を加えて、乳癌が4種の病型に分類できることとなったのである。以下、ホルモン受容体・HER-2各々の陽性・陰性別に各病型の特徴をまとめる。
ホルモン受容体陽性・HER-2陰性 ― 最も頻度の多いタイプで、再発(転移)後の生存期間も最も長い。ホルモン剤の効果が期待でき、化学療法も劇的でないにせよある程度期待できる。米国の乳癌治療の大物である Hortobagyi という先生が昔「再発の状態が life-threatening (生命を脅かす状態)で無い限り、治療はホルモン剤を中心とし、life-threatening な状態にはじめて化学療法を行うべし」との「ドグマ」を主張した。ある程度正しい主張であるが、日本の臨床医のなかにはその「ドグマ」を誇張して信仰し、実際に患者が「死にかけ」となってはじめてアリバイ工作的に化学療法を考える医師がいる。充分癌が進行してしまうと体力的にもまともな化学療法は不可能となる。私はlife-threatening とは「生活に障害を感じる状態」「放置すれば近日そうなる状態」であろうと考え、体力に余裕のあるうちに化学療法を開始すべきと考える。例えば、肝転移がある場合、化学療法のみでないにせよ免疫療法を含めた積極的な治療が、予後の面で望ましいし、痛みの強い多発骨転移、咳きを伴う肺転移も化学療法の対象と考えてよい。
ホルモン受容体陽性・HER-2蛋白陽性 ― おそらくハーセプチンの使用がなければある程度予後不良であろうが、ハーセプチンを使えるわが国でのこの病型の予後はホルモン受容体陽性・HER-2陰性のグループと全く変わらない。「ハーセプチンとホルモン剤のみで効果がなければ化学療法を」と主張する医師もあるが、私はむしろハーセプチン・化学療法を先行させ、完全寛解が得られた後に治療をゆるめる方針をとっている。
ホルモン受容体陰性・HER-2蛋白陽性 ― ハーセプチン・化学療法をしっかり行うと、劇的な効果が得られることも多い。ただし、ハーセプチンの効果の及ばぬ脳転移の頻度が多いので無症状でも造影MRI 検査によるスクリーニングを受けておいたほうがよい。脳にもある程度効果の及ぶ可能性のある抗 HER-2薬ラパチ二ブ(タイケルプ)がようやく保険適用となったが、諸治療の効果が思わしくなくても次の世代の有力な抗HER-2薬が複数開発されつつあり、希望をもって治療を続けるべきである。
ホルモン受容体陰性・HER-2陰性 ― ホルモン受容体に ER, PgR の2種があり、これら2種とHER-2蛋白の全てが陰性のため、トリプル・ネガティブと通称される。たとえトリプル・ネガティブであっても早期の治療ができればそれはど予後は悪くないが、再発 (転移) が実際におきると予後は最も不良。再発後の薬剤の効果を調べてみるとファルモルビシンやそれを中心とした組み合わせはある程度効くが、他の病型で最も有力な薬剤であるタキサン(パクリタキセル・ドセタキセル)やイリノテカン・ビノレルビンが全く効かないのが特徴的である。一方、標準治療ではないがトリプル・ネガティブにも効くレジメンは実在する。DMpC 療法あるいは MFL-P 療法がそれである。DMpCとは乳腺クリニック児玉外科児玉宏理事長が開始した 1) ヒスロン H2)フルツロン3) エンドキサン のくみあわせの経口投与で 1) はホルモン剤、2)3) は抗癌剤である。ホルモン受容体陰性にホルモン剤を用いる点に奇異感はあろうが、1) が血管新生阻害作用を通じ効いていると考えている。MFL-P は菅が開発した連続治療で、メソトレキセート・5FU・ロイコボリン・シスプラチンを順次互いの効果を高めるように組み合わせた方法である。この病型にも現在開発中の画期的な分子標的剤が期待されており、ここ1 ― 2年の延命を目指す意義はある。
以上、ホルモン受容体・HER-2 蛋白各陽性・陰性別の再発後の生存曲線を以下に図示する。

A-2ホルモン療法剤の種類と使い分け
通常はホルモン受容体陽性例に用いられ、閉経前の適応薬は注射剤 LH-RH アゴニストのゾラデックス・リュープリンおよび経口薬タモキシフェンである。閉経後の適応となっている薬物はトレミフェン(フェアストン)― 最近閉経前にも適応拡大された ― の他、いわゆるアロマターゼ阻害剤としてアナストロゾール(アリミデックス)・エクセメスタン(アロマシン)・レトロゾール (フェマーラ) の3 種が用いられている。
以上が標準的に第 1 線で用いられる薬剤であるが、これらの効力が限界がある場合に用いられる第2線の薬剤が MPA (ヒスロンH)である。MPA の効力は強く、独特の副作用 ― 血栓症・肥満・糖尿等 ― に注意すればきわめて有用であり、ホルモン効果以外に血管新生阻害作用もあるためホルモン受容体陰性の乳癌例にも有効の場合がある。
第 1 線の薬剤といえどもそれぞれ注意すべき副作用があり、女性ホルモンを下げるゾラデックス・アロマターゼ阻害剤は長期使用で骨塩量を低下させたり、独特の関節痛・骨痛を起こす。患者さんはしばしば「骨転移」を心配するが、「朝に手指が痛む」等独特の痛みであり、鑑別は容易である。症状が高度で休薬等を考える場合、アロマターゼ阻害剤に加え、MPA 1 錠を 1 日 1 回同時投与することで痛みは劇的に改善し、鎮痛剤よりも有用である。タモキシフェンは腫瘍細胞表面のホルモン受容体をブロックする作用機除で効くため、全身の女性ホルモンレべルを、むしろ上昇させ、従って骨塩量低下、関節痛などは起こらない。かわりに血栓症・長期内服での子宮体癌リスクの増加などがみられる。
忘れてはならない有力なホルモン療法が「卵巣摘出手術」である。一見野蛮におもえるが最近の腹腔鏡手術を用いればごく短期の入院で安全に実施でき、ゾラデックス・リュープリンを約1 年注射するのと同等の費用で永続的な (閉経年齢までの) 効果が得られる。画像検査で卵巣転移が否定できない再発乳癌例では診断上・治療上より大きな意義が出る。閉経前の再発例にて最強のホルモン治療効果を得るため、私は過去しばしばゾラデックス・リュープリン注射と閉経後適応薬であるアロマターゼ阻害薬を併用してき、無能無理解な保険組合が保険金支払いを拒否した経験があり、そういう際にも「卵巣摘出手術」は有用であろう。今後はこの併用も保険で認められるはずだが。
再発・転移癌の治療において、ホルモン療法がおこなわれる際、上記の薬剤中タモキシフェンが用いられる頻度は同剤が通常術後再発予防に用いられている場合が多いため、きわめて少ない。他のいかなるホルモン剤、あるいは組み合わせを用いるか、あるいはどういう転移に化学療法との併用を行うかが問題となる。ゾラデックス・リュープリン・卵巣摘出のいずれかとアロマターゼ阻害剤の併用はしばしば(前述のとおり)行われ、また前者いずれかとMPA の併用も行うことがある。互いの効果をうち消し合うことが世界的な試験にて認められた組み合わせがタモキシフェンとアリミデックスの併用である。薬理作用がある程度共通する組み合わせ、タモキシフェンと他のアロマターゼ阻害剤、あるいはトレミフェン・エビスタとアロマターゼ阻害剤についても(同様の試験は困難だろうが)要注意であろう。ホルモン受容体陽性の転移癌に化学療法を行う時期が遅きに失しないようすべきなのは前項目・病型分類に述べたとおりであるが、化学療法あるいはハセプチンを投与する際にアロマターゼ阻害剤を中止すべきか否かについては経済上の理由以外に併用を避けるべき根拠がほぼ無い。ハセプチンや一部の化学療法については、アロマターゼ阻害剤との併用効果と、タモキシフェンとの効果阻害が唱えられているが後者の併用は実際上考慮される頻度は少ない。
ホルモン剤には長期新薬が登場しなかったが、近く発売予定の注射剤ファスロデックスが期待されている。過去すでに輸入にて保険外治療は可能であり、私も使用の経験はあるが、効果は無かった。今回の(再)登場は使用量を2倍としての試験がうまくいったためで、痛い筋注だが効果を期待したい。
A-3 化学療法剤の種類と使い分け
転移・再発に使用される化学療法剤を考慮する上で、術前・術後の補助化学療法との関係がまず問題となる。補助化学療法に用いられる2大薬剤は FEC(5FU/EPIR/CPA)およびタキサン(Paclitaxel あるいは Docetaxel)であり、それぞれ薬剤の組み合わせの変型(例えば FEC に代え 5-FU を除いた EC、Docetaxel と CPA を併用したTC―など)は用いられうる。術後の補助化学療法についてはリンパ節転移例・悪性度の高い例にての延命効果が明らかにされているが、術前の化学療法が術後のそれに勝るとの証拠はまだ無い。化学療法後の手術で組織学的に癌細胞が消失した例で予後が良いことは当然であるが、癌細胞が消失しなかったり、術前化学療法が無効である例の予後は悪く、単なる生体を用いた抗癌剤感受性試験に過ぎないとの意見もある。
しっかりした術前・術後治療を行った後に再発した例では当然きびしい予後が予想される。その際に再度 EPIR 或いはタキサンが使用できるか否かは術前後の使用量・再発時期による。術前化学療法後の組織像で癌遺残のある場合や、術後化学療法中に再発した例などに対しては、当然他の薬剤を考慮せねばなるまい。以下各薬剤の適応を述べる。
(1) EPIR(エピルビシン)は術前・術後使用がある場合にはまず考慮されにくい。本剤の使用総量に限界あり、総量で 1000mg 近くとなれば心不全となることが多く、また、HER-2陽性であればハーセプチンとの同時使用は禁忌に近い。使用歴がなければ、特に有効薬の少ないトリプル・ネガティブ例には試みるべきだが、もし有効であっても使用総量にはエコー検査で心機能をモニターしながら慎重に用いなければならない。
(2) タキサン(タキソール・タキソテール)は術前後に使用していたとしても、使用中に再発・悪化がみられたのでない(使用時に無効との経過があったのでない)限り、再使用を考慮する価値がある。本剤はゼローダ・エンドキサンなどとの併用効果が報告されているので、これらいずれかとの併用を工夫するのもよいし、 HER-2陽性ならば術前後にハーセプチンの使用がなければ(本邦では術前後に保険上ハーセプチンが認められない不幸な時代があった。)、ぜひハーセプチンと共にタキサンを用いるべきである。
(3) ナベルビン (VNR) は投与が簡便で副作用が少ないため、静脈炎にさえ注意すれば用い易い薬剤であるが、奏効率・奏効期間ともに限界があり、長期間頼りになるとはいいにくい。ただ、HER-2陽性例でハーセプチンと共に用いた場合は相乗的な効果がある。目下保険上は認められていないが、ラパチニブとの併用時は白血球減少があり、用量に注意を要するし、胸部の放射線治療時は肺炎の危険があるため避けられることが多い。
(4) イリノテカンは本邦ではやくから保険適応を得た薬剤であるが、現在標準的治療とは言い難い。これは「標準治療」が外国での「比較試験」で認められたレジメンに限られて考えられているためで、実際の有用性を旧くから経験してきた私には最近ようやく本邦での本剤の効果を見直す動きが笑止でさえある。開発当初の投与量でなくとも、TS1等と併用した少量頻回投与で充分長期の効果が期待できる。
(5) ジェムザールは外国のデータに従い、2010 年2月から保険収載となった。外国ではタキサン無効の症例にナベルビンと並んで古くより用いられてきたが、最近、トリプル・ネガティブ例でのカルボプラチン・PARP阻害剤との併用効果の報告があり注目された。多剤が無効となって後の奏効率には私の経験では限界があるが、保険が適用され、より早期にタキサン併用等で用いられた場合の有用性は注目される。
(6) DMpC は児玉外科・児玉宏博士が考案した経口薬フルツロン・ヒスロンH・エンドキサンの組み合わせであり、ヒスロンH はホルモン剤であるがホルモン受容体陽性例のみでなく、トリプル・ネガティブ例にも効く。ヒスロンH に血管新生阻害作用があり、それを介した効果であろうと推測されている。児玉外科では進行例の術前治療や再発初期に頻用されてきたが、私は多剤無効であったいわゆる末期状態にもしばしば用いている。副作用としての血栓症・肥満・糖尿病等に注意すれば充分有用であり、いまさらメトロノーミックセラピーなどという高級そうな名称は必要とは思わない。
(7) MFLP は私の京大勤務時代に低分化の胃癌の化学療法として組み立てた、独自の組み合わせを用いたレジメンであり、再発乳癌での有用性も報告している。第 1 日にメソトレキセート・5FU 、第2日にロイコボリンと 72時間連続の 5FU、第6日にシスプラチンを投与し、これを3 週ごとにくりかえす。バイオケミカル・モデュレーション(各薬剤が次に投与する薬剤の効果を高める)の概念に基ずく。最初のコースは入院で行う場合が多いが、後は外来継続が可能。保険適応の無い薬剤シスプラチンを含むため、多剤耐性例に用いているが、肺・皮膚の癌性リンパ管症や、トリプル・ネガティブ例など化学療法困難例にも有用である。
以上、私が用いる主要な化学療法レジメンにつき特徴を述べた。そのなかで脱毛は (1),(2) のみであるが白血球減少は全てにみられ、用量・投与間隔にて調節するが、充分な効果を出すための G-CSF (ノイトロジン)を意識的に併用はしない。有効な場合は(1)以外はできるだけ長期間の投与が望ましく、他の副作用に対しても、薬物的にできるだけの対応策をとり、「癌化学療法は深山で厳しい修行に耐える行為とは異なる」と話をしている。
批判すべきは「化学療法3 レジメンが無効であれば中止し、緩和医療をすすめる」と公言する若手腫瘍内科医の存在である。癌が再発したら、医療費抑制のためすみやかにケリをつけるべしとの一部官僚の影の意向を感じる。「希望は最大の QOL である」ことは私の強く感ずるところであるし、「緩和」はそもそも再発初期から化学療法と平行して考慮すべきものである。ちなみに化学療法の有効性はせき・いたみなど癌関連症状の軽快にて化学療法開始後早期に予想されることが多く、腫瘍マーカーの低下は化学療法開始後2ヶ月かかる。「有効な化学療法はモルヒネに勝る」と強く思う。
A-4 分子標的剤の種類と使い分け
(1) ハーセプチンは代表的な、かつ最も延命効果の明らかなHER-2陽性乳癌の分子標的剤である。増殖因子のひとつであるHER-2(ヒト上皮細胞増殖因子第 2型)の「抗体」で、抗癌剤特有の副作用は無く、エピルビシン等のアンスラサイクリンの大量使用例での心不全や、使用初回での輸液反応(高熱など)など、 限られている。タキサン・ナベルビン等の抗癌剤との相乗効果があり、術後再発予防の使用以外は抗癌剤と併用される。原則は毎週投与であり、高価であるが、 効果は価格と充分釣合っている。HER-2陽性転移乳癌に対する延命効果は明らかであるが、効き目の強い「完全寛解」の場合、一定期間の後に投与を休止で きる場合も経験する。HER-2陽性例は脳転移の頻度が高いが、本剤が「血液脳関門」を通過しないため、脳転移の抑制効果は無い。
(2) その欠点を補うことのできる次の世代の抗HER-2薬として、ラパチニブ(タイケルブ) が開発され、外国から2年の遅れをもって09年6月保険認可された。経口薬であるが高価であるので、本来効果が強いハーセプチンとの併用はまだ公認されていない。
以上の2剤のみが保険適応のある分子標的剤であるが、他の癌腫には保険適用があるものの、乳癌に未認可の分子標的剤を以下にいくつか挙げておく。
(3) アバスチン― 血管新生阻害薬(抗体)であるが、本邦では現在大腸癌・肺癌の認可のみである。ハーセプチンとの併用や、抗癌剤との併用が期待される。
(4) エルビタックス 増殖因子 HER-1 に対する抗体。大腸癌に認可されている。
HER-1 (EGFR) 陽性例はトリプル・ネガティブ (ER(-)PgR(-)HER-2(-) の乳癌に多く、肝転移縮小した経験がある。
(5) イレッサ 肺癌の分子標的剤。トリプル・ポジティブ (ER(+)PgR(+)HER-2(+)) の治療困難な脳転移例に可能性がある。
(6) エベロリムス 転移腎癌に2010年1月に異例の早さで承認された。ハーセプチン耐性例に期待される。
以下は外国でも試験中で未承認であるが、早期承認・発売が期待される薬剤を挙げておく。抗HER-2薬としてのペルツズマブ・ネラチニブ、トリプルネガ ティブ例に対する PARP-1 阻害剤等。過去、外国と本邦との薬剤承認時期に過去大きな時間差があったが、本年のエベロリムスにみられるように近年その差が短縮される傾向にあり、喜ば しい。しかし代わって厳密な「使用施設を限定した全例調査」が常態化しており、使用が大きく制限される傾向にある。分子標的剤を使用する状況下では、副作 用のリスクよりも原病放置のリスクが明らかに大きいわけであるので、マスコミに扇動されての「薬害騒動」は問題である。
A-5 その他の薬物療法
上記のホルモン剤・化学療法剤・分子標的剤のいずれにも分類されず作用機序が不明確ながら―おそらく分子標的治療剤に将来分類されうると予測されうる薬剤を2剤紹介しておく。
そのひとつが骨転移治療剤として保険認可されている「ゾメタ」。術後補助療法としてホルモン剤を用いている乳癌例に6ヶ月に一度計4回注射を行えば、骨転移のみならず他部位の転移・再発を約30%減少させるとの臨床試験成績がオーストラリアの医師団により発表された。ゾメタの注射は骨転移例に4週毎2年以上継続すれば「顎骨壊死」等の治療困難な副作用をおこすことがあり、また再発予防目的では保険適応も無いが、この回数であれば自由診療でも経済的負担は重くない。ガンマ・デルタ T 細胞系の免疫系を賦活させること、あるいは他の機序による効果かも議論されているが、結論はでていない。
もうひとつ容易に安価に入手できる薬剤が抗糖尿病薬「メトホルミン」である。
この薬剤を使用中の糖尿病患者に乳癌・膵癌等の発生が少ないことが知られてきた。昨年学術誌「 Cancer Research 」に本剤が癌の「幹細胞」を抑えるとの実験研究が発表され、糖尿病患者には本剤を使用する試みを行い、実際に乳癌皮膚転移が縮小中の患者さんがみられる。本剤は「低血糖」をおこすことは少なく、CT 等の際の造影剤使用時に休薬が必要程度の注意で済むため現在糖尿病でない癌患者を含めて臨床試験中の由である。
「分子標的剤」が癌増殖の機序を阻害することを目的に開発され、ハセプチンのように劇的な効果を示すも高価であるのが通常である。ここに示した2剤は容易に比較的安価で使用可能だが、奏効機序が目下不明のため分類を行いにくい薬剤である。
副作用で有名になった「サリドマイド」が多発性骨髄種の治療に役立っているようにまさしく「クスリは使いよう」であり、「標準治療盲信」時代からふたたび「サジかげん」を重視した医療への回帰の必要性を感じる。
A-6 腫瘍マーカーの読み方
乳癌の腫瘍マーカーには頻用されるもので次の種類がある。
CA15-3 代表的な乳癌マーカーで、その病状に応じた変動には信頼が持てる。ただし、手術可能の早期から上昇するわけでなく、転移があっても全く上昇しない例も多数。
CEA 乳癌以外にも消化器癌・肺癌等で上昇し、また喫煙・体質等で正常値を軽度に上回る場合がある。
ST-439 敏感なマーカーだがしばしば転移がなくても上昇する(偽陽性となる)ことがある。私の経験では100以上に上昇し、検査にても転移なく、内分泌療法を中止すれば正常化したことがあった。
BCA225 転移にて陽性となる頻度は決して多くないが、上昇例では経過判定に有用。
血清HER-2 特にHER-2 陽性例にはきわめて鋭敏・有用なマーカーだがHER-2陰性例でも再発時約半数例に上昇がみられる。このマーカーが高値でもHER-2 陰性例にハーセプチンが効くわけではないが、まれに初回手術時HER-2 陰性でも転移時の病巣ではHER-2 が陽転することがあり、再検査を考慮すべき参考とできる。
抗P-53抗体 乳癌・大腸癌・食道癌の手術可能な早期から上昇するマーカーとして特徴的。治療にて他のマーカーが正常化しても高値で変動すること、再発の無い術後に高値となることがあり、今後の検討も必要だが、現在は「診断時のみに用いるマーカー」として認可され、不合理が多い保険点数制度のシンボルとなっている。
1CTP 骨転移時に上昇するが、必ずしも転移の度合いとは平行しない。
上記のマーカーは、1CTP等の一部を除き、転移病巣の量と活性を反映すると考えて差し支えない。
癌が倍倍に増える場合、マーカーもそうなると考えてよいのだが、医師にもらったデータを自分でグラフにする熱心な患者さんもおられる。その際にコンピュータで作製したグラフをみての解釈に注意すべき点を2点指摘しておく。
仮に毎月のCA15-3の数値が治療前100U/ml, 新治療後1ヶ月後150U/mlであったとしよう。患者さんのみならず短気な医師も再度治療変更したくなるかもしれないが落ち着いて考えるべき。グラフ上は癌が1.5倍になったようにみえるが、グラフを「片対数」で作成すれば高度の進行は無い点がわかるし、もう1点、治療を更に続行して次月の結果を待つ必要がある。抗癌剤が「弱く」効く場合、最初からマーカーは下降するが、早晩再上昇する。むしろ劇的に効いた場合はがん細胞の溶解により、マーカーは当初は上昇し、その後の長期のマーカー下降を伴う。そうした特性をふまえ、しばらくは同じ治療を続けるべきであろう。
さらに、高値であった特定のマーカーの正常値が継続する場合、通常は医師・患者ともに安心するものだが、マーカーは万能ではない。一切のマーカー上昇を伴わずに病状が悪化したり、いままで正常値で測定していなかったマーカーが上昇していることがあり、長期の治療中癌の性質が変化する場合、こうしたことがおこりうる。
つまりは再発の際の経過観察は決してマーカー万能でなく、問診・触診等の診察や症状に応じたエコー・CT 等の画像検査がより重要。
A-7 外科治療の使いどき
乳癌初回治療で乳房部分切除または乳房切除等の手術がおこなわれるのは、「病期が局所に限定している」と医師が判定しているからである。
再発・転移の場合も頻度は多くないが病気が切除できる範囲に限局している場合がある。胸壁局所・リンパ節・肺・肝転移・卵巣転移等、一部は放射線治療・外科切除いずれかの選択が必要な場合もあるが、切除の対象とされることもある。
近年再発後の生存期間も著明に延長しつつあり、繰り返しの効かない放射線治療や、長期の抗癌剤治療よりも、外科手術がはるかに体に優しい場合も多いと考える。また、日本の手術費用は極端に安価で、例えば早期の卵巣転移を2-3日の入院で腹腔鏡手術をすれば、その後は不要なゾラデックス又はリュープリン注射の1年分の費用ですむ。
ただし、最近の再発乳癌の治療は乳腺手術の経験しかない外科医や、ときによっては「腫瘍内科医」にゆだねられる場合が多く、いくら容易に切除できる部位の肝転移でも、片側に1ヶのみの肺転移でも、切除を考えてもらえる機会は殆んどない。たとえそれぞれ肝・肺外科医を受診しても、「標準治療でない」との理由で通常断られる。
「標準治療」は10年以上昔、再発後の予後が不良であった頃のデータにもとずき決定されている場合が多く、現在の再発後生存期間が著明に延長しつつある時代にぴったりとくるものではない。限局された転移が一定期間の薬物療法に反応しない場合 「やさしいメス」 の利用は充分考えられます。さらには乳腺手術時にHER2 蛋白(-)とされていた方でも長期の経過でHER2 が陽転している場合もあり、ホルモン受容体も変化が起こり得る。
以上の手術は、メスにより限局された病巣をCR (完全寛解) 状態に導入するための手術で、乳癌の性質上、一定の全身治療 (タイプに応じ、ホルモン治療・化学療法・ハーセプチン等)の併用は必要である。腫瘍内科医や放射線科医はそれぞれ抗癌剤・放射線治療を当然すすめるとしても、外科治療は彼らが考えるほど野蛮な治療ではない。
これらの治療目的のメスと異なる手術がいわゆる「緩和外科」とよばれる手術で、たとえば癌性腹膜炎による腸閉塞に対する腸管バイパス手術や人工肛門増設術がある。また、メスは用いないにしても尿管の閉塞・胆管の閉塞に対する「ステント」留置術が行われ、これらにより嘔吐・腎不全・黄疸を治療し、QOLを保つ目的で実施される。
同様の「緩和手術」は整形外科領域で、胸椎骨転移にて下半身麻痺の危険が大きいときに行われる減圧・胸椎固定術、あるいは各部骨転移骨折の際の骨接合術等が行われ、脳外科領域ではガンマナイフの対象とできない大きな脳転移切除が(術後放射線治療と併用して)まれに行われる。これら他科の専門医の治療を受ける際にも、再発後の患者さんをまかせっきりにせず、通常乳腺外科医が全身的な診療を継続する必要がある。
オーケストラに指揮者が必要なごとく、患者さんの身体を「パーツ」 に分解しての診療は禁物である。
A-8 放射線療法の使いどき
乳癌初回手術後に再発予防に用いられる放射線治療 (温存乳房照射・乳房切除後胸壁照射等) はここでは触れず、転移病巣照射に限って、後の「各論」での記載と重複を避け、要点のみ記載します。
まず、照射法も多様となり、進化しつつありますが、転移巣の照射も全身の転移分布により、限局した病巣に対し、延命・治癒などある程度の治療効果を期待する照射と、全身の転移があっても疼痛等の苦痛を除くための「緩和」を目指した照射があり、乳癌治療担当医は照射依頼に際し、その目的を「診療情報」とともにはっきりと放射線科医に伝えるべきです。
薬物治療の進歩は現在まで姑息的照射と扱われてきた照射も根治的意義を与えられる場合もあり、 照射法自体も乳癌治療医自体がある程度考え、紹介先を工夫する必要があります。たとえば2cm以上の脳転移は大病院では全脳照射となる可能性が高いが京都のガンマナイフ施設では工夫して実施してもらえます。(無論あまりに大きい病巣は手術が加わりますが)薬物療法の進歩で転移巣照射の機会は減るように見えますが、さにあらず患者さんの延命とともに必要とされる機会が増えることも考えられます。
脳・肺等領域として照射の対照となる正常組織は2度の照射は避けられますが、癌病巣に限局した照射ならば (例:全脳照射とガンマナイフ) 再度の治療機会が得られる場合があります。一方、胸壁転移のなかには照射野の外縁に次々と新病変が生じ、照射が「モグラたたき」となってしまう場合もあり、全身薬物療法との使いわけは重要です。
照射が長期となりますと、薬物療法の併用をしたくなりますが、ホルモン剤やハーセプチン等の安全な治療剤は別として、白血球を減らす作用の強い化学療法剤や、肺の炎症の合併をおそれてナベルビン等が照射中禁じられることがあります。
外科医の手術がうまいか否かはテクニック以上にその手術適応の判断力にあると考えられます。
放射線科医も最新の機器を使いこなすのみでなく、乳癌治療の経過中での照射時期、線量・期間の判断が重要です。その点、信頼できる放射線医のみと交流すべく心がけております。
A-9 免疫療法の使いどき
広い意味ではハーセプチンなどの抗体療法も免疫療法に分類可能であるがここでは「分子標的治療」の項目にゆずり、「養子免疫療法」と「ワクチン療法」にふれる。
ただし、どちらもブツク商法や、ネット広告等にて宣伝し、高額の治療費を要求されるニセ免疫療法がはびこっており、「免疫能・NK活性を高める」とうたった「健康(ヲガイスル)食品」は世に無限にある。ちなみに「ブック商法」とは癌の治療法を紹介し、巻末に「連絡先」を記したもので、「丸山ワクチン」がその元祖と記憶している。このワクチンは胃癌の臨床試験で延命効果なしと証明されたにもかかわらず類似の「蓮見ワクチン」とともになお(薬剤のみが)延命している。
これらと最近の WT1 等の「ペプチドワクチン」は全く異なるものであり、後者がより理論的・学問的であるのだが、後者も効果証明への道はなお険しい。
効果判定に腫瘍縮小(RECIST)・延命効果等の癌治療界の基本的基準をとりいれることができておらず、他の治療法との比較がほぼ不可能である現状がある。今後、多数例の「治験」にて治療効果・延命効果が証明されてほしいが、「ブック商法」「ネット宣伝」で売られる高額・類似の「ニセワクチン」には注意してほしい。
菅の実施するOK-432 前投与併用養子免疫療法 (OK-AIT) はその開始が 1983頃であり、Rosenberg らのLAK 療法・TIL療法にさきがけるものであった。
彼らが培養した自己のリンパ球を高濃度のIL-2 (腎癌治療薬として認可)とともに静脈投与し、高度の副作用 (IL-2 による) と一定の有効性を報告したが、彼らの「静脈投与されたリンパ球が癌病巣に到達する効率は不良」との実験結果を我々も追試・確認し、我々は最初からリンパ球の局所投与にて臨床応用し、癌性胸水・癌性腹水・肝動脈投与による肝転移治療にみるべき効果を報告している。無論乳癌癌性胸水・肝転移のいずれもが「全身病」の一部であり、局所の制御とともに全身治療が重要であることは当然である。保険医療でない免疫療法を長期に継続すべきでなく、ましてそれが高額な「ニセリンパ球」であればなおさらである。「各論」にても例示されるが、乳癌の再発後の余命は、次第に、あるいは著明に、延長しつつある。
OK-AITの具体的な治療スケジュール・成績は各「癌性胸水」「肝転移」のページを参照いただきたい。
A-10 緩和医療
癌の進行に伴う痛みや呼吸困難の対処、抗癌治療による嘔気・脱毛・便秘・下痢・シビレ等の副作用対策、不眠・不安の対策に至るまで、癌治療とあわせて対処すべき課題は多い。モルヒネによる痛みの除去が緩和医療の象徴と考えられているが、痛みが抗癌剤や照射により軽快し、モルヒネが不要となる場合もしばしば経験され、「緩和」は癌治療医が常に治療と同時に考えるべきとの理念が常識化しつつある。
一定の治療を試みたのちは治療を停止し、ホスピス等にて緩和医療に専念すべきとの説明がしばしば行われるが、副作用の少ない治療剤も多種使用可能となりつつある現代、治療を停止し、モルヒネのみを使うことが、真に「緩和」となるのであろうか?ホスピスの入院費は一般病院で入院・癌治療を行う場合よりはるかに高額である。「抗癌剤は使ってもらえるはずはないが、せめてハーセプチンのみの使用を依頼しては」とホスピス入院予定のHER-2 陽性の患者さんにささやいた経験があるが、当然使ってもらえず、胸水がたまっても放置され、「患者さんはやすらかに御永眠」とのいつもと同様の報告が届いた。
個々の患者さんの死生観は宗教により多様である。「希望」はQOL (quality of life)の重要な要素であり、「あなたの治療法はもうありません」という前に「次の手」を医師が必死で考え、勉強すべきと思うが・・・。
各論
B-0 はじめに
乳癌は体のいろいろな臓器に転移を起こす。これは初回乳癌診断時にすでに乳房外に転移の「芽」が発生しているためと考えられている。ゆえに乳房手術のみでは治癒に至らず、「全身病に対する全身的治療」が不可欠である。一方、転移臓器により、症状(苦痛)を起こしやすい場合とそうでない場合の両者があり、また生命に影響し易い部位とそうでない部位がある。再発(転移)が最初に起こった時期、―これは複数臓器に同時に起きる場合もしばしばであるが―通常、肝・脳などの重要臓器の転移が含まれれば「予後不良」の宣告をうけてしまう場合が多いと考えられるが、果たして正しいか?他の転移病巣治療中に肝・脳・胸水等が診断され、治療薬・体力の限界が早期にきてしまうことはしばしば経験される。これらを「続発再発」と呼び、先述の「初発再発」と区別が必要である。「各論」では各臓器の「初発再発」からの現代の生存期間を述べる。肝転移・癌性胸水等予後不良といわれてきた再発巣があっても、他の(骨転移等の)部位と比較して著明に予後が悪い転移巣は存在しないことが示される。
ハーセプチン等の新薬による治療の進歩、胸水・肝転移に対する免疫療法 ( OK-AIT)、等の貢献もあろうが、いわゆる予後不良部位に転移があっても末期扱いせず希望をもって治療を開始することが肝要であろう。全身病である乳癌再発(転移)は一方で局所・領域転移の集合体との側面も持つ。そのため、胸壁再発に対する切除・照射治療や胸水に対する免疫療法などの局所療法がQOLのみならず生存(延命)にまで好影響を及ぼしうる。この「各論」にて各転移部位ごとの臨床上の特徴・対策について述べる。
B-1 局所・領域再発
乳癌はかつてはほぼ全例に乳房切除手術が行われてきたが近年は事情が許せば乳房温存術式が採用され、放射線治療・薬物療法の併用にて、「転移がありうる部位は徹底的に切除する」旧式の外科医の思想は排除されつつある。旧来乳房切除の手術野に生じた再発を「局所再発」、術野に隣接した腋下・鎖骨上・胸骨傍に生じた再発を「領域(リンパ節)再発」とよばれてきたが、手術反対側の脇下・鎖骨上リンパ節・対側乳房への転移は「遠隔転移」となる。乳房温存術後の温存乳房内の再発も「局所再発」であり、乳房切除後の胸壁に見られる再発とは区別される。局所再発の治療の基本は局所治療であり、外科的切除または放射線治療の対象とされる場合も多く、特に初回手術後の「取り残し」と考えられる再発―例えば温存乳房内再発や大胸筋内再発等は外科切除にて予後良好である。術後の治療・経過観察での受診の際、必ず着衣をとり、術野・領域リンパ節・対側乳房の触診を慎重に行うべきであり、そうすれば胸壁再発も局所麻酔下で摘出可能な小腫瘍のレベルで診断できる。無論、小腫瘍であっても全身的遠隔再発を合併している場合があり、摘出腫瘍の癌病巣が主として皮内にある場合の大部分、主として皮下にある場合の約半数、が遠隔転移を合併している。一方、癌病巣が主として温存胸筋内にある場合は摘出後の予後は良好である。(菅ら、論文発表すみ)領域リンパ節再発の場合、照射治療等にて予後良好な胸骨傍リンパ節再発に比し、頻度の多い鎖骨上リンパ節再発の予後は若干劣っている(三瀬圭一博士ら、論文発表有)。
まとめて局所・領域再発の治療方針を述べると、上記の予後良好の転移には切除・放射線治療による局所療法の適応があるが、鎖骨上リンパ節のように縦郭リンパ節・傍大動脈リンパ節と連続する再発巣には注意深く全身的薬物療法を併用すべきである。皮内の広範囲に複数の結節を伴い拡大する局所再発はリンパ管に浸潤して進行する予後不良の病型であるため、遠隔転移が無くとも局所療法の範囲・選択にし、適切な全身治療を併用すべきである。
B-2 骨転移
骨は乳癌で最も頻度の高い遠隔転移の部位で、初再発(転移)部位に骨が含まれる場合の 50% 生存期間は 52ヶ月である。(B-0 参照)この数字はリンパ節・肝その他の部位に同時再発した場合が含まれ、最初の転移が骨のみの場合、より予後良好と予想されるが、菅の経験例では53ヶ月で不変であった。ただし、自験例でも骨単独転移例に予後良好の例があり、10年生存率は24%である。骨転移はホルモン受容体陽性例に多く、(自験例にて骨単独初発例中 85% が陽性)ホルモン療法によく反応する例が予後良好群となると思われる。
【診断】問診上、変型・炎症・外傷・加齢・ホルモン環境(アロマターゼ阻害剤使用等)による疼痛との鑑別が必要。疼痛の部位が骨転移多発部位か否か、朝の運動開始時中心の関節痛か否か(後者はホルモン環境によることが多い)を注意、転移多発部位の殴打痛も注意。突然の下半身の麻痺又は麻痺切迫は至急の対応が必要。画像診断はレ線検査の他にMRI、骨シンチ、PET、CT 等がある。いずれも単独の画像では偽陽性・偽陰性があるため処置の緊急性に応じて検査を進める。
【治療】下半身麻痺(対マヒ)に限り、即手術が必要で、普段からこの分野の処置可能な脊椎外科専門医(整形外科又は脳外科医)にルートをつけておく必要がある。他に四肢・股関節の病的骨折も放置すれば重大な障害が残る場合があり、整形外科的な手術又は固定術が必要。いずれの場合も術後すみやかに放射線治療や全身的な薬物療法に戻れるように手配を要する。手術と同じく局所治療である放射線治療は、疼痛の緩和目的にはきわめて有用である。さまざまな照射法があるが、原則として同一部位の2回以上の照射は避けられる。その意味では疼痛の原因部位に限定した照射を行うべきで、単に転移があるからと目標をむやみに多部位の照射に拡大すべきでない。「骨折の予防」を照射の目標とする放射線医もいるが、この点は明らかなエビデンスは無い。骨転移に限定した全身的効果をもたらす照射としてストロンチウム89によるラジオアイソトープ (RI) 治療がある。この治療は除痛に有用であり、繰り返し治療も可能であるが、実施後約3 ヶ月は化学療法は行えず、休薬期間中に縮小中の肝転移が憎悪する等の例もあり、疼痛緩和目的以外には適応が限定される。全身的薬物療法の第一選択がホルモン剤である。特に無症状の骨転移にはホルモン剤単独で使用されることが多いが、通常タモキシフェンが再発予防に既に用いられている場合が多く、より強い作用を期待してアロマターゼ阻害剤が用いられる場合が多い。後者は骨塩量を低下させる作用があり、骨塩量をモニターしつつの使用が必要であろう。同じ程度に重要な薬剤がアレディア・ゾメタ等のビスホン酸であり、転移による溶骨を阻止し、疼痛を減じ、病的骨折を予防する。問題点は骨転移の予後は長く、特にゾメタが2 年以上の使用で顎骨骨髄炎を起こす可能性があるため、使用薬剤・期間・タイミングに要注意であろう。無論ホルモン受容体陰性例も骨転移を起こすことがあり、疼痛があり、照射治療の適応も無い場合、化学療法とビスホン酸を長期的に用いる必要がある。HER2 陽性例はハーセプチンやラパチニブが当然併用される。これらの治療でも「痛み」が残る場合も多い。オピオイドをはじめとした疼痛緩和のための薬物療法の方法はホスピス医に任さず、癌治療医自身が習得すべきものである。

