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再発(転移)乳癌

はじめに

私が医師を志したきっかけは、胃癌による胃穿孔にて死亡した祖母であった。当時の私の故郷は無医村であり、腹痛を訴える祖母に隣町の開業医は「梅酢」を飲むようすすめた。(信じて梅酢を飲んだ祖母の腹痛は当然増強し、大病院で手術を受けた)外科を志望したきっかけは生母の「中耳癌」であった。医学部の5年の時に「慢性中耳炎・真珠腫」として手術をうけた病は翌年再発し、研修医 1 年目に大学病院耳鼻科で死亡した。毎夜付き添いをしていた私に母が告げるのは「ソセゴン 1 日3 回以内」との主治医指示に忠実な看護婦でなく、状況をみて余分に鎮痛処置をしてくれる看護婦・当直医への謝意であった。私は迷うことなく「癌」を治療する機会の最も多い「外科」への進路を選択していた。

いまや医学は進歩し、癌患者への鎮痛剤投与を一日何回までとか制限する時代でなくなっているが、「標準治療」の名のもとに「再発後数レジメンが無効なら緩和医療」を学会等で公然と主張する若い「腫瘍内科医」が増えており、彼らこそソセゴンを制限した主治医と同じ土俵に立つ者ではと感じられる。

私が外科医生活の期間、研究生活を含め、最も長い期間、師匠として学んだ(でいる)医師は乳腺クリニック児玉外科児玉宏理事長である。先生はいうまでもなく日本で最初に乳癌専門の診療所を開設し、自ら執刀した乳癌症例数最多のパイオニアである。クリニックの病床数に限りがあり再発した乳癌患者の治療場所に困っている先生に、「再発患者は自分が勤務する病院で診療する」ことを約束し京大・洛陽病院・比叡病院の病床にて治療を担当して実に25 年以上を経る。初期には癌性胸水・肝転移に対する免疫療法を開始し、限られた患者さんには有用であったが、タキソール・タキソテール・イリノテカンなどの抗がん剤の進歩に続き2001年ハーセプチンが利用可能となり始めて多数の患者さんの再発後の治療による延命効果が明らかとなってきた。

「標準的治療」の概念はあらゆる治療医がそれに従えばある程度の再発癌の治療を可能とするものであり、実は医師でなくコンピュータでも同じ方針を示すことができるものであるが、患者さん個々の特質・状況に応じた対応の変化を行う能力に乏しく、「標準的治療」をはずれた多くの「癌難民」を生み出すに至っている。私が現在クリニックで行う再発乳癌治療の方法を、ホームぺージを利用した「ネット論文」に記し、折にふれ時代の進歩に応じ改定してゆくことは、治療に行き詰まった患者さんのみならず、同じ世界を目指す臨床医にもある程度参考になることと信ずる。